PRECIPICE Multi AAR 3-2 On Whitehouse.

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私は貿易と外交を軸にした平和的な勢力拡大政策を好んでいるが、こうしたスタンスを相手も共有しているとは限らない。
TURN2において、アメリカとソ連外交政策の差異がすぐにはっきりと現れ出ることとなった。

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もともと安定度の低かったスーダンがさらに政情不安に陥り、反政府ゲリラが跋扈し、革命寸前の情勢となったのだった。ホワイトハウスはすぐさまクレムリンとの回線をひらいた。ニクソンはブレジネフにこの件を問いただしたのだ。ブレジネフはしらをきった。「我が国がスーダン武装勢力を援助しているという証拠はない」。ニクソンは黒電話をつないだまま私のほうをちらりと見やった。私は、ここで抗議することは得策ではないと感じていた。というのも、スーダンは既に共産陣営が寡占しているアラブ連盟の一員であるし、もし仮にここを共産革命によって失陥したとしても、我々がサウジアラビアや湾岸諸国をがっちりと握っている限り、ソ連アラブ連盟を独占することはできないからだ。だからここは抗議せず、無視することが最善手なのだ。私はそう信じており、ニクソンに目配せでそう伝えた。

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スーダンの共産ゲリラはリビアカダフィ大佐やエジプトのナセル大統領、エチオピアのメンギスツ議長に支援されて同地の中立政権を転覆し、TURN3には共産政権を樹立した。ニクソンと私はこのニュースを苦々しい思いで聞いたが、しかし先述した理由から、自由陣営にとって実害は少なかった。しかしTURN4にはソ連は今度は同じアフリカの中立国ソマリアの共産革命を援助し、現地の中立政権を転覆したすえ、共産政権を樹立した。ソマリアサブサハラに属する。アラブリーグとは意味合いがちがう。私は焦ったが、ニクソンは抗議しなかった。「中立国へのクーデタは抗議しないという前例を踏襲しなければならない」。ニクソンは弱弱しくこう言って呻いた。

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だがこのままではドミノ理論で安定度が脆弱な中立国はすべて共産陣営の旗のもとにつどってしまう。こうした事態は何としても避けなければならなかった。
基本的な国際政治学の教科書に示されているところでは*1、軍事行動やクーデタは劇的でリスクを伴うが、外交によって影響圏を広げる行為は「確実だが、のろまだ」。だが私は序盤からリスクをとることを望まなかった。貿易協定を結べる国とすべて貿易協定を結び終えると、私は外交で勢力圏を拡大することに注力した。重要なのはどの国を選ぶかということだが、まず石油を産出するサウジアラビアとの友好関係を樹立した。サウジアラビア自由主義陣営に引き入れることは、イスラエルの安全保障にとって重要だし、共産陣営のアラブリーグ独占を防ぐうえで必要な措置だ。続いて中央アフリカのチャドに外交攻勢をかける。チャドはアフリカで唯一安定度4の国家であり、クーデタに強い。とくに自由主義陣営"からの"クーデタに強いのだ。私はクーデタや軍事行動という手段を日常とらなかったが、そうしたオプションは排除したわけではなく、緊急時にはとる予定だった。だから、クーデタでひっくり返せない中立国を外交ではやめに友好国にしておくことは、自由陣営からすれば合理的行動ということになる。またチャドをとることでサブサハラの他の中立国に対する防波堤になる(地図を参照すること)。

厳しい局面が予想された。我々は外交と貿易を中心にしているが、相手はクーデタを中心に戦略を組み立てている。前途は茫洋としていた。ブレジネフとグロムイコは自信満々だった。他方、ニクソンは弱弱しく、私は苦虫を噛みつぶしたような表情を見せていた。

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(続く)

*1:公式のマニュアルによれば、という意味である。